ベストフレンズ
「おー、きれい、きれい、衣装が」陽子が皮肉な笑いを浮かべる。 「前から思ってたけど、貴子の顔って魚っぽいよね」りえがまなみにささやく。 「やっぱり?実はわたしも思ってたの」まなみが小声で応じる。意気投合して盛り上がる二人を横目に、愛子がただひとり純粋な微笑を貴子におくっている。 式は滞りなく進行した。 新郎新婦の生い立ち紹介の段になり、スライドに二人の写真が次々に映し出されていく。陽子がそれを目で追いながら小声で解説する。「ほら、小さい頃はまあかわいいのよ、でもほらだんだんおかしくなってくの、あっ、ほら、ここだ。ここからもうだめ、魚になってる。あっ、でも相手もこのへんから爬虫類ね、お似合いじゃない」 新郎の隆夫は代々医者の家系であり、彼自身も医師として実家の病院を継ぐことになっている。彼の写真を興味なさそうに見ながらりえがまなみに話し掛けた。「しっかし、貴子もうまくやったよね。隆夫さんなんか世間知らずのぼんぼんだからひとたまりもなかったんじゃない」 「やり手だよね、合コンのときはまず目をつけた人の飲み物を一口ねだるんだよね。そのあと自分の手が小さいという話に持っていって、大きさを比べるふりをして手を触って、相手が酔って来たら顔が赤いって言ってほっぺたに触れるんだよね」「そう、それでほとんどの男は落ちるよね。ブランド思考だから職業とか家柄だけで男を選ぶんだけど、またそういう人に限って簡単なんだわ」 「あー、でもあの人にだけは、全く通用しなかったよね」そう言ってまなみはそっと愛子の横顔を盗み見た。
もう二年ほど前のことだ。その人は、ドタキャンしたメンバーの代わりに急遽その合コンに呼び出された。しぶしぶやってきた彼は高学歴でも高収入でもなかったが、不思議と人を惹きつけるオーラを持っていた。愛子以外の全員が徐々に彼のオーラに引き込まれていった。貴子は例によってあれこれと手を尽くしアピールしたが、何もかもが空振った。いつしか、彼の視線は愛子のほうに向いていた。愛子がトイレに立ったとき、りえが、突然愛子の架空の彼の話をでっちあげ始めた。それにまなみが肉付けする。見事な連携プレーだった。トイレから戻った愛子に貴子が言った。 「愛子、もう帰った方がいいよ。あんたの家厳しいんでしょ」そして有無を言わさず愛子を送り出した。ところがそれが裏目に出た。愛子はあまりにも急かされたために携帯電話を忘れて、取りに戻ってきたのだ。誰も熱心に探してくれず、困っている愛子に、彼が、自分の電話でコールしてみようと申し出た。こうして図らずも電話番号の交換が成立してしまった。ウブな愛子には自力での電話番号の交換はありえなかっただろう。この数ヶ月後、ふたりは恋人同士になった。 「それにしても、あのコンパの後の貴子の猛アタックはすごかったね。策略も何もあったもんじゃない、あんなバタバタになったあの子は初めて見たよ」 「そうね、ぶざまなくらいだった。でもあれくらい格好悪くなってこそ本物だと思ったよ。失恋したときの落ち込みはひどかったね」 (よくいうよ、えらそうに。そういうあんたも相当だったよ)りえとまなみと陽子の三人はお互いに無言の言葉を投げ合った。 そうこうしているうちに花嫁のスピーチが始まった。三人は競うようにポケットからハンカチを取り出した。ここは勝負所だ。新郎側友人席には医学部時代の友達がそろっているはずだ。涙を流すかわいい自分を精一杯アピールしなくては。いよいよクライマックスというところで、おのおの必死でしゃくりあげる。そうしているうちに、なにやら予想外に感情がこもってきた。 (あれ、なんか貴子の言葉に感動してきたみたい)りえは、思った。 (もしかすると、貴子が結婚して遠くに行くことが少し悲しいかも)まなみも思った。 (先を越されたのはすごい癪だけどまあ、相手は爬虫類だし、ちょっとくらい幸せを祈ってやってもいいかな)陽子も思った。 その横で愛子が大粒の涙を流していた。その顔はマスカラとファンデーションが溶けてぐしゃぐしゃになっていた。 |