欠原町
戻る

欠原町 石引2丁目・旧二十人町の南側、二十人坂から新坂にかけて旧欠原町があります。そこに慶恩寺や真行寺、棟岳寺といった寺院の南側傾斜地に沿って一本の道が通じています。北側には上記の寺院の石垣が連なり、南側には家々が軒を連ね、所々住宅の途切れた空間からは笠舞・本多町方面の風景が望め、中ほどには菅原神社がこじんまりと鎮座しておられると、なかなかに風情のある道です。欠原町には銃薬製造所が置かれていたという記録があり、現在はそのような痕跡は残っていませんが、藩政期以来という歴史もありますし、少し入っただけなのに、石引通りの騒がしさが嘘のような静けさを保っていて、事情を知った人の散歩道としても隠れた人気があります。

二十人坂 欠原町の東端を通って笠舞から小立野に上がるのが二十人坂です。現在自衛隊の金沢駐屯地となっている平和町に旧陸軍第9師団の砲兵隊の兵舎がありましたが、そこから射撃訓練場に向かうのに小立野台地を通過しなければならず、そのために二十人坂をわざわざ造成したということです。すでに中国との戦争に突入していた昭和14年の事でした。二十人坂が出来るまでは、菅原天神さんの側の曲がりくねった急峻な欠原坂を、兵隊さん達が難渋して大砲を引き上げていたと土地のお年寄りから聞いています。戦後は、つい最近古府・小立野線が下馬地蔵尊の脇まで開通するまで、笠舞から小立野に向かう大動脈でした。