ジングルベル


 テレビからひっきりなしにクリスマスソングが流れてくる。早紀がそれに合わせて上機嫌で口ずさんでいる。

真美は冷たい窓ガラスに両手を押し当てて暗くなった空を眺めていた。

「今夜は降らないんじゃない」

早紀と並んで座っていた母が、真美のほうを見て言った。

「じゃあ、サンタさん、来れないかもしれないね」

真美が言うと母が笑った。

「大丈夫だよ、サンタさんは空も飛べるの。いい子にはちゃんとごほうびをもってきてくれるよ。」

真美は窓から離れると、母の隣に腰をおろしてうつむいた。

「でも真美、あんまりいい子じゃないの。この前、ごはんの準備を手伝うふりして、本当はエビフライ、取りかえたの。早紀のエビフライの方が大きかったから」真美の言葉に、お姉ちゃんずるい、と早紀が叫んだ。

「サンタさんなら、それくらい許してくれるよ」母が慰めるように言う。

「それだけじゃないの。この前、給食でししゃもがでたとき、先生が残しちゃだめって言うから、こっそりメダカの水槽に捨てたの。他にも、遊んでて足が汚れたとき、お父さんの顔ふきタオルで、何回か足をふいちゃったこともあるの。そういえば、この前ダンゴ虫を集めに行ったときも、真美だけどうしても見つけられなくて、べんじょ虫をむりやり丸めてダンゴ虫だって言ってみんなに嘘ついたの。それから・・・」

いつのまにかむきになった真美を母の言葉が遮った。

「だーいじょうぶだって。もうしませんって心のなかで謝っておけばちゃんと許してもらえるから」

「じゃあ、今年もサンタさんはくる?」

母が力強くうなずくのを見て、真美は大きく息をついた。


雪は深夜になって降り始めた。真美は布団のなかで足を抱えて丸くなっていた。心臓が太鼓の乱れ打ちのように高鳴っている。もうそろそろかな、そう思ったとき、背後で扉の開く音がして全身がこわばった。毛布に顔をうずめたままできつく目を閉じる。耳もとで包装紙のこすれる音が響く。無意識のうちに息まで止めてしまっていた。はやく、はやく。心のなかで十五回ほど叫んだとき、ようやく足音が遠ざかっていくのを感じた。扉が閉まり、人の気配が消えたのを確認すると、真美は念のため、そのままの状態で一分ほど待ってから目を開けた。枕もとを見ると大きな包みが二つ置かれていた。隣では早紀が小さく寝息をたてている。それを横目に真美は安堵の息をもらした。

一年前の今日、夜中に目が覚めてトイレに行ったとき、偶然サンタクロースの正体を知った。そのとき真美は、とっさの判断で気付かれないように部屋に戻り、プレゼントが置かれるまでの間、必死で寝た振りを続けていた。真美はそのときのことを思い出し、あと何年こんなことが続くのだろうかと考えた。

翌朝、プレゼントを抱えてはしゃぐ早紀の傍らで真美は一生懸命驚いてみせた。それを見つめる母の笑顔に、真美の心はチクリと痛んだ。すべてを打ち明けて楽になりたいと思ったが、それを口にした途端に大切な何かが壊れてしまう気がして恐かった。こんな思いをするくらいなら、もうクリスマスなんてこなければいのに、と真美は思った。

その時、出勤の準備をしていた父が上の部屋から真美と早紀を呼んだ。ふたりが二階へと上がっていくと、父が窓の外を指さした。

あっ、と早紀が歓声をあげた。見ると、窓の直ぐ下まで、一階部分の屋根に積もった雪の上に、点々と人の足跡が続いている。

「サンタさんの足跡だ」

早紀が叫びながら、母のところへ駆け下りていった。

残された真美は呆然と足跡を見つめた。夜中に足跡をつける父の姿を近所の人が見たら、さぞかし驚くだろう、そんなことを考えていると、いつしか笑いがこみあげてきた。必死な父の姿を思い浮かべたとき、おかしさと同時にやわらかな温もりが真美の心を満たした。

そのときふいに、秘密を守りぬく小さな決意が真美の中に息づいた。それはまるでケーキの上のろうそくのようにほのかに灯って心を照らした。

窓の外では降り続ける雪が、屋根に残された足跡の上にたえまなく積み重なってゆく。真美はこの足跡が消えないようにと祈った。そして、来年も再来年もその次も、大人になってもずっとずっとサンタクロースがくるようにと心の底から祈った。